近年、性交痛(セックスの時に感じる痛み)を訴える方が増えているようです。しばらく前までは、主に閉経を迎えた女性が感じるものと思われていましたが、それ以外の年代の方からも訴えが届くようになったのは、性交痛は増えているのでしょうか?
「女性は耐えるものという認識が変わってきて訴えが顕在化したというのもありそうです。性交痛そのものが増えたわけではなく、『痛い』と表明する人が増えたと見ています」と語る産婦人科医で日本性科学会認定セックス・セラピストの早乙女智子先生に、ライフステージごとの性交痛の原因や解決のヒントを聞きました。
前回の記事はこちら「実は多い?性交痛の悩みとまず自分でできること」
監修・話題提供
早乙女智子/産婦人科医・往診専門医・認定セックスセラピスト
女性の健康を守るのに欠かせない「妊娠出産関連費用の無償化」を!
女性の外陰部をないもののように扱ったり軽く考えたりすることに憤り、「会陰切開はおせっかい」に集約される女性の人権、健康、生き方に関する啓発活動を行ってきました。
●月光会さおとめ智子ジェンダー政策研究会主宰
●日本性科学会副理事長
●世界性の健康学会(WAS)理事
●神奈川県立足柄上病院 非常勤医師
●Sola Clinic 非常勤医師
年代によっても変わる主な性交痛の原因
しばらく前までは、性交痛(セックスの時に感じる痛み)というと主に閉経を迎えた女性が感じるものと思われていましたが、早乙女先生によれば、「性交痛は年代にかかわらず起こる」とのこと。ライフステージごとの性交痛の実際について伺いました。
10代~20代
ーー10代や20代の若い世代でも性交痛を感じることがあるのですね
この年代の場合は、知識や経験の差が原因の性交痛が多いです。
10代のうちの腟は狭いですし、20代もセックスの経験がないと狭いです。タンポンや指や器具などを入れたことがあると広くなります。20代半ばくらいまで成長する場所です。構造や成長具合を知っているかも重要です。こうした知識や経験が不足していることで、性交痛が起こることがあります。
また、「濡れてるからもう挿れて大丈夫だろう」と思って挿れたらタイミングが早くて痛かったという話もよく聞きます。性反応の4段階について知るとこれも対応が変わります。
妊娠出産時期
ーー妊娠出産期は、妊娠の段階によっても課題が違うそうですね
妊娠初期には性交痛はあまりないことが多いですが、不安が強いと「妊娠したのに大丈夫かな」という怖さと性交自体を避ける気持ちになって楽しめなくなると性交痛が出たりします。
妊娠中期から後期になってくると、性交痛以上に性交のしにくさが出てきます。また、初期と同じように「妊娠中なのに大丈夫だろうか」という不安が先に立つと濡れにくさを感じる人や、性欲自体が下がる人もいます。
産後
ーー産後にも産後特有の原因で起こる性交痛があるのですか?
出産後は女性ホルモンのエストロゲンが一時的に減ります。授乳するとプロラクチンやオキシトシンといったホルモンが増えます。それによって更にエストロゲンの効果が出にくくなるため、濡れにくくなり、痛みを感じやすくなります。
また、出産前と同様のイメージで臨むと、10ヶ月の間に変わった身体に向き合い、違和感を覚えることもあります。育児疲れでセックス自体に積極的になれないという人もいます。
更年期以降
ーー更年期の性交痛はどうでしょうか
更年期になるとエストロゲンの分泌も減り、更年期以降は腟も乾燥しやすくなってくため、新たに性交痛が出ます。
性交痛のパターン別解決のヒント
性交痛に関連してよく見られる3つの事柄に対して、解決のヒントを教えてもらいました。
①挿入ができない
挿入ができないのは、痛いからなのか怖いからなのかを最初に確認します。
ーー痛い場合はどう対応するのですか?
生まれつき、腟に小指の先も入らないという方もいらっしゃいます。その場合は性交痛や性機能障害に対応できる婦人科で相談していただくのが最善です。
ーー怖い場合はどうですか?
何が怖さのもとになっているのかをカウンセリングしながら探ります。例えば「幼少期に自分で股を触っていてみんなの前で叱られて恥ずかしかったから、もう一生触るまいと思った」ということが大人になって挿入できない原因につながることもあります。その呪縛をカウンセリングによって外していきます。人によっても異なりますが、3カ月から半年くらいかかることが多いです。
②腟の奥が痛い
子宮筋腫や卵巣嚢腫などが隠れている可能性を考えます。特に子宮内膜症性の卵巣嚢腫で癒着があって、そこをドンピシャで突かれるとどうしようもなく痛いです。
その時は体位を変えたり、奥まで挿入しないようにします。挿入の深さを調整する「オーナットリング」という器具もあり、こちらを補助的に使ってもいいですね。
③性行為自体への抵抗感
ーー性行為自体に抵抗感があると、それを拭い去るのも難しそうです
性行為への抵抗感の度合いによっても話が変わります。
生まれつきの性嫌悪があり、性的な行為自体ができない、違和感や吐き気を伴う方もいます。この場合、性行為を無理強いすることはできないですし、カウンセリングでも解決は難しいです。
そこまでではないけどセックスに前向きになれないという方もいます。そういう方が子どもは欲しいと思った場合、今時だと不妊治療に通って妊娠を試みることはできます。ただ、どんなに小さくても2Sサイズ(幅16mm程度)の器具を腟に入れられないと不妊治療も難しいです。
理解すること・伝えることが大事
ーー性交痛は様々なことが原因になり得て、単純なものではないんですね
性交痛は、生理痛みたいなものとは種類が違います。生理痛や頭痛は何もしなくても痛いものですが、性交痛は性行為さえなければそもそも痛みを感じません。
男女間での性交を前提にして話をすれば、男性の身体は月経も妊娠も出産もありません。女性の身体の繊細な変化がどういうものなのかのイメージがつきにくいと思うんです。「いま生理前だから」「いま生理中だから」と言われても「だから何?どういうこと?」と感じる男性は多いと思います。
生理前は、もともとむくみやすい、便秘になりやすい、メンタルも少し落ちやすい、お肌も荒れやすい時期。その時期と月経が終わった直後のエストロゲンがたっぷり出ている時期では、別人とまでは言わなくてもまったく違うフェーズなので、同じ行為を求められても無理なんだと思うんです。
もちろん男性にもそういうことを知ってほしいと思いますが、女性も「生理前だから無理」だけでなく、自分の身体のこととしてどう無理なのかを知ってほしいし、パートナーに自分の表現で伝えられるようになってほしいです。
最も大事なことは楽しいかどうか
ーー最後に読者の方に一言お願いします
「それ楽しいの?」という視点が一番大事です。性行為が「痛いけど楽しい」ならそれはそれでいいですが、「痛くて勘弁」は改善したほうがいいかと思います。
性的な行為って人間以外の生物全般では死ぬ間際にする種も多いですよね。一方で、人間はそうではないし生殖と関係なく性的な行為ができます。だから個人的には、性的な行為は人生を豊かにするものであってほしいし、そうあるべきだと思っています。
もちろん「痛くても辛くても子どもを産むためには何とか1回頑張ります」という考え方もいいし、「2人の間で楽しいこと、お互いを癒すような行為をするんだ」という考え方もいいと思います。まずは自分があるいは自分たちがどう考えるかが最初じゃないかと思います。
それがないと「痛い」「じゃあこうすればいい」という作業的な話になってしまいます。「単なる作業にしないでね」といつも言ってます。
取材・執筆
柳田正芳 from 性の健康イニシアチブ/6483works
「誰もが自分は自分に生まれてよかったと思える世界」を作るために「どこに行っても性の健康を享受できるように社会環境をアップデートすること」を目指す性の健康イニシアチブの代表。2002年から国内外の性教育、性科学の様々な活動に参加してきたほか、思春期保健や両親学級などの活動も経て現在に至る。また、編集/校正業、執筆業、Webメディアディレクション業などを業とするライティングオフィス・6483worksの代表としても活動。インタビュー記事の制作を得意とする。
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